6月1日から3日にかけて横浜で開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD V)が掲げたテーマは、「援助から投資へ」。こうした流れを具現化するものとして、安倍首相も開幕スピーチで言及した「官民連携プロジェクト(PPP: Public Private Partnerships)があります。
TICAD Vが掲げた方針と課題を象徴する案件として、日本・ブラジル・モザンビークの三角協力によるPPPとしての農業開発プロジェクト「プロサバンナ(ProSAVANA)事業」があります。プロサバンナ事業は、TICAD V へ向けてメディア特集などで喧伝されていた一方で、昨年秋頃からは、事業について知った現地市民社会から批判が相次ぎ、TICAD Vでは、事業の即時停止を求める公開書簡が、支援対象国であるモザンビークの十数万人の声を代表して安倍首相に手渡されるという事態にまで発展しました。
プロサバンナ事業は、日本の支援によってブラジルを世界屈指の大豆輸出国へと変貌させた70年代のブラジル・セラード開発の「成功」をモザンビークにて再現するものだと言われています。また、モザンビークの開発を支援しながら日本の大豆輸入先の多角化を実現、日本の食料安全保障にも貢献する、「ウィン=ウィン」のプロジェクトだとされています。
しかし、現地の農民団体や市民社会からは、モザンビークの人々の食料を生産している農業を輸出向けの換金作物を中心とした農業産業へと変えていく構想であるプロサバンナ事業で潤うのは、本来支援を必要としている貧しい農民ではないばかりか、土地収奪の恐れも孕んでいるとして、批判や懸念の声が挙っています。
事業は、まさにPPPとして、早くから企業との協力体制が敷かれ、官民合同ミッションや投資セミナーなどが今まで実施されてきました。PPPそのものは、決して新しい概念ではありませんが、今こうしたアプローチが脚光を浴びるのは、先進国において長引く経済停滞や財政難を背景に公的資金としてのODA増額の見通しが暗いことも大きな要因といえます。
民間セクターの活力を取り込む発想としてPPPの可能性は、必ずしも否定されるべきものではありません。一方で、途上国における気候変動適応策としての防災対策など、収益をあまり見込めない支援事業にも引き続き公的資金の必要性があるほか、PPP特有の難しさもあります。
営利目的の民間企業は、利益追求の観点から、経済全体のパイが増えるマクロ経済成長を、基本的には無条件に歓迎することに対して、開発支援では、マクロ経済成長が必ずしも貧困や飢餓問題の解決につながらないばかりか、場合によっては貧困層を排除し、格差を助長する場合もあることから経済成長の内容や質、そして直接的な裨益者に着目します。こうした観点から各PPPの目指す到達点が本当に両者の目的に沿ったものであるかを丁寧に検討する必要があります。
プロサバンナ事業を含む農業支援分野のPPPに関していえば、その事業が「誰のための食料安全保障を実現するものか」に着目することも重要です。
今、世界には全ての人が十分に食べるだけの食料が生産されているにも関わらず、飢餓人口は8億人以上。一方で、日本を始めとした先進国では、食料の3分の1を廃棄しています。つまり、全ての人が食べることのできる世界を実現するためには、食料の増産のみならず、貧しい人々の食料へのアクセスを実現するという視点が重要です。開発支援を標榜する農業投資は、既に地球の資源の持続可能で公正な取り分をはるかに超える量を消費する先進国の食料供給ではなく、こうした貧しい人々の食料へのアクセス、食料安全保障に資するものでなければなりません。
プロサバンナ事業への国内外からの批判は、まさにこの視点に立脚するものですし、G8 が5000万人を貧困から救う目標を掲げ、2012年に立ち上げたPPPの枠組みでもある「食料安全保障と栄養のためのニューアライアンス(The New Alliance for Food & Nutrition Security)」に対して向けられる市民社会や国際NGOの批判も同様です。
プロサバンナ事業をめぐる一連の議論は、TICAD Vが持ち上げた民間投資によって開発支援を行うモデルの難しさや課題をまさに示しています。プロサバンナ事業を始め、農業支援を目的としたPPPでは、支援対象であるはずの貧しい人々の生活向上や食料安全保障の確保を明確な目標として再度見据え、開発支援を行う側は、本来寄り添うべき相手である開発の当事者と手を携えながら、丁寧な開発支援の設計と実施を行うことが求められています。
国際協力ニュースVol.101掲載 (2013年7月発行)
【筆者】 森下麻衣子 (もりした・まいこ)
(特活)オックスファム・ジャパン アドボカシーオフィサー
慶応義塾大学法学部法律学科卒業。外資系投資銀行を経て、国際交流を手がけるNGOピースボートの開発教育プログラムの企画運営に携わる。2010年より現職。貧困削減の観点から気候変動や食料問題などに関するアドボカシー(政策提言)やキャンペーンを担う。