国際連合本部

「私はテラスにいます (Je suis en terrasse)」

今年11月にフランス・パリで起きた「同時多発テロ」から数日後、SNS上で広がった言葉だ。12月に営業を再開した襲撃を受けたバーのテラス席にもエッフェル塔を模したピースシンボルと共に掲げられた。

イスラム過激派によるテロ事件は、ナイジェリアで年初3日にボコ・ハラムによって町全体が焼き払われ、2000人以上の死者を出した「バガの虐殺」以降、毎日のように世界中で頻発し、多くの人々を不安や恐怖、そして混乱に陥れている。

こうした直接的な暴力による目に見える悲しみは、私たちの心に他者への思いを見出す隙間を埋め尽くしてしまいがちだ。

2015年もアメリカでの銃乱射事件の報道をよく耳にした。11月末までの334日間に351件の銃乱射事件が起きており(米紙ワシントン・ポスト)、462人が亡くなっている(同ニューヨーク・タイムズ)。銃規制をなぜしないのかと日本に住む多くの人は考えるだろう。実際オバマ米大統領は銃規制の強化を訴えるが、12月初旬のカリフォルニア州での銃乱射事件後、自らの命を守ろうと35%も銃の売上がアップしたという(TBS)。不安や恐怖を銃で埋めることで失われる、他者への良き関心にもっと敏感である必要がある。

9月19日未明に日本で強行採決された集団的自衛権を主とする安保法制も同じ視点から考えることができる。特に7月以降、多くの若者ら市民が法案への反対の声を上げた。国会前のみならず日本国中の様々な場所で行動が起こった。これに呼応し、国際協力NGOの有志団体らで結成された「NGO非戦ネット」は国際反対声明を提出した。NGO自らの活動が(政府の説明に反してむしろ)妨害されるというだけではなく、人々と向い合い、より人間らしい生活をできるよう取り組むNGOには、良い結果を生み出さないことが容易に想像できるからである。しかし、そうした声が顧みられることはなかった。強者の論理は法律だけでなく、その仕組みにも適用されていた。同法案の成立過程における本質的な意味で民主的なやり方が採られなかったことへの批判もまた大きかった。民主的であるということは単に多数決ではない。作家の高橋源一郎が書く、民主主義は「意見が通らなかった少数者が、それでも、『ありがとう』ということができるシステム」という文章に留意したい。

例えば、沖縄の辺野古の米軍基地建設を巡る問題も似た構図で考えられるだろう。米軍基地への賛否は多様な視点から語られる。国家安全保障や経済的な観点からその必要性を強く訴えることもできる一方で、一人ひとりの安心・安全な生活を語るとき、それは脅威でもあり続ける。沖縄の民意として基地建設に反対する知事を後ろから見守る県民たちは、果たして誰を相手に訴えているのかということを、同じ日本で生活する他県の人々は考える必要があるだろう。

先日、自民党の藤墳守岐阜県議会議員が「同性愛は異常だ」と本会議で野次を飛ばしたという。奇しくも今年5月にはアイルランドで同性愛婚を認める憲法改正を世界で初めての国民投票によって法制化・可決し、また日本でも渋谷区で11月から条例のもとで同性カップルを結婚に相当するパートナー証明書の交付が開始されたばかりだった。もともと21世紀に入ってから同性婚の合法化が始まっており(現在20カ国以上)、6月にはアメリカの最高裁で同性婚を禁じる州は全て違憲だという判決も出ている。上述の議員は「ふだんからの自分の思い」であり「子どもが生まれない同性婚を容認している社会が異常」だという発言を恥ずかしげもなくしているが、異性愛が「正常」だとする認識そのものが歴史上今一瞬の出来事であり、むしろ多様な性愛がこれまで紡がれているのが事実だろう。想像力はもちろん、学習すらも欠如した愚かな発言に過ぎない。しかし、思い込みというのは恐ろしい。

2015年は国際協力においてひとつのターニングポイントとなる年でもあった。2000年の国連ミレニアム総会にて決議された、世界の課題を解決するための8つの目標である「ミレニアム開発目標(MDGs)」の期限年である。貧困問題の解決に向けた国際社会の取組みのなかで、極度の貧困の半減(ゴール1)などの目標は達成されたが、乳幼児死亡率の削減(ゴール4)や妊産婦の健康改善(ゴール5)など未達成に終わったものも多い。そして今年9月の国連総会において合意された新たな後継目標である「持続可能な開発目標(SDGs)」には2030年までに取り組むべき課題として、MDGsの倍以上となる17の目標が掲げられている。SDGs策定にあたって繰り返し述べられてきたのが「誰一人取り残されない(Leave no one behind)」という言葉だった。これは貧困問題がまさに人権問題であることを改めて国際的に明確な共通認識としたということでもある。そのためには大きな想像力が必要とされる。

翻って「私はテラスにいます」という言葉。これはテロに立ち向かうために直接的な暴力や権力に委ねるのではなく、それでも自由を守る、それでも人権を守るという私たち一人ひとりが他者を尊重し、日々の生活を守ることこそがテロに対抗できるという姿勢なのだと心に強く留め置きたい。

国際協力ニュースVol.113掲載 (2015年12月発行)

【筆者】藤井大輔 (ふじいだいすけ)
(特活)NGO福岡ネットワーク副代表、九州国際大学国際関係学部准教授

広島県出身。2000年頃から福岡で政策提言を行う「債務と貧困を考えるジュビリー九州」を中心に国際協力活動に関わる。2004年からFUNN職員として勤務した後、2007年から現職。2011年秋から、大学で学生たちとカンボジアの小学校を支援する国際教育協力に関わり、国内外で国際協力の「現場」に関わる取り組みを行っている。プロ野球の広島東洋カープのファンで、今年からカープに復帰した黒田博樹投手と同い年。
筆者の藤井大輔さん